特集:北米地域における環境政策の動向と現地ビジネスへの影響電力部門の脱炭素化に向かうイリノイ州(米国)

2021年10月19日

バイデン政権下で、米国は気候変動への対応を加速している。

米国中西部の最大都市シカゴを擁するイリノイ州でも同様だ。電力部門の脱炭素化が目下の課題で、州知事から法案が提出された。発電所閉鎖の期限が迫る中、労働団体と環境団体との間で妥協案が取りつけられた。それを受けて、今般、法案可決に至ったかたちだ。

州知事法案に盛り込まれていたこと

イリノイ州議会には、2019年以降、複数の環境政策関連法案が提出されてきた。主なものは、表で示したとおりだ(表参照)。これらでは、クリーンエネルギーによる発電割合の向上とその具体的なスケジュールが示されるのが通常だ。さらに、電力産業に従事する労働者の雇用確保をうたったものもある。なお、法案を提出した環境・労働団体は、いずれもJ.B.プリツカー・イリノイ州知事が所属する民主党の支持母体だ。

表:州議会に提出されている環境関連法案(知事法案除く)の内容比較
法案名 提案団体 提出時期
(上院)
主な内容
クリーンエネルギー雇用法(Clean Energy Jobs Act) イリノイ・クリーン・ジョブズ連合(Illinois Clean Jobs Coalition):環境グループを中心とする団体 2019年2月15日 (タイムスケジュール)
2050年までにイリノイ州内のクリーンエネルギーの割合を100%とする。2030年までに電力部門の脱炭素化を実現する。
(雇用面)
今後数年で石炭発電所が閉鎖予定の地域における雇用を創出する。特に有色人種のコミュニティにおける雇用、公平性、経済的機会の提供を行う。
(その他)
100万台のガソリン車およびディーゼル車両の削減。
「再生エネルギー100%への道」法(Path to 100 Act) 再生エネルギー100%への道(Path to 100): 太陽光発電事業者を中心とする団体 2019年2月15日 (タイムスケジュール)
2020年末に再生可能エネルギー(再エネ)に対する財政支援が終了することを見据え、2030年までにイリノイ州内のクリーンエネルギーの割合を40%までに高めることを目標とする。そのための再エネ発電事業に対し、財政支援の実施を規定。
気候関連組合雇用法(Climate Union Jobs Act) クライメイト・ジョブズ・イリノイ(Climate Jobs Illinois):労働組合を中心とする団体 2021年2月25日 (雇用面)
クリーンエネルギーに関する業務に従事する者に対しても、適正な時給の支払いの担保(旧来発電と同一賃金)。
州内の原子力発電所を維持しつつ、再エネ導入を促進。化石燃料発電に経済的に依存している地域でのクリーンエネルギー事業への適性な移行、クリーンエネルギー関連の仕事での公平性の担保。

出所:各団体およびイリノイ州議会ウェブサイトなどからジェトロ作成

他方で、プリツカー州知事は2021年4月29日、自ら法案を州議会(上院)に提出した。法案は、「Consumer and Climate First(消費者と気候が第一)」と名づけられた。この法案は、8つの原則をベースに、さまざまな事項を盛り込んだオムニバス形式だ。その中には、以下が含まれている。

  • 2030年までに石炭発電所を、2045年までに天然ガス発電所を廃止する。
  • 温室効果ガス(GHG)の排出上限設定し、減少させていく。
  • 炭素排出量1トンあたり8ドルの炭素税価格を設定。この価格は、毎年3%ずつ上昇させる。
  • 2050年までにクリーンエネルギーの利用率を100%に引き上げる。
  • 2030年までに州内の電気自動車(EV)導入台数を100万台と定める。
  • EV用の充電ステーション創設を支援し、施設設置などへ向けた投資計画提出を電力会社に求める。
  • 老朽化した原子力発電所(以下、原発)を支援する。

電力会社と州議会との癒着で、透明性確保待ったなしに

イリノイ州では、電力会社コモンウェルス・エジソン(通称Com Ed、注1)が、長年にわたり州議会議員ら関係者に贈賄し、その見返りを受けていたという事件があった。この事件は、米国司法省の捜査対象とされた。結果的に2020年7月、連邦政府へ2億ドルの和解金を支払った上で、起訴猶予で合意した。このため、州の電力政策の透明性確保が待ったなしとされた。その結果として、電力会社の恣意(しい)的な料金設定の廃止が盛り込まれたかたちで、今回の知事法案が提出されるに至った。

ただし、法案可決は一筋縄ではいかなかった。主な争点として、原子力発電所への支援の是非や、脱炭素化のスケジュール設定があった。2021年5月の定例議会、6月中旬の臨時議会では、労働団体、環境団体のそれぞれが支持する州議会議員グループの間で、協議が最終的に不調に終わる。それ以降は、妥結に向けた交渉が継続した。主な争点を巡る議論は以下の通り。

争点1:老朽化原発への支援

イリノイ州の電力構成で、最大のシェアを誇るのが原子力発電だ(図1参照)。そのシェアは5割強で、他州よりも高い。

図1:イリノイ州発電量のエネルギー源別構成(2019年)
原子力が53.5%と最大であり、次いで石炭が26.4%、天然ガスが11.6%、再生可能エネルギーが7.9%、その他が0.5%となっている。

出所:米国エネルギー情報局(EIA)

州内にある6カ所全ての原子力発電所は、シカゴに本社を置く電力会社、エクセロンが営業運転している(図2参照)。そのうち、州北部のバイロン原発とドレスデン原発の2カ所は老朽化。財政的支援が得られなければ、バイロンは2021年9月、ドレスデンは11月に廃止する、と同社は主張してきた。

ゼロカーボンの電力源を確保するため、原子力発電は重要だ。そのため、州知事法案でも、老朽化原発への支援が明記された。その一方で、電力会社に対する不信もあり、その支援に向けた調整に難航が予想された。しかし、2021年5月末、原発3カ所(注2)の閉鎖を回避するため、2021~2025年に6億9,400万ドルの補助金を交付することで合意に至った。なお、エクセロンは2016年にも、2カ所の原発(クリントン、クアッドシティーズ)への毎年2億3,000万ドルの補助金を州から引き出していた。

図2:イリノイ州の原子力発電所、石炭発電所の位置
イリノイ州の原子力発電所はイリノイ州の北半分エリアに6か所全てが所在。北からバイロン原子力発電所、クアッドシティーズ原子力発電所、ドレスデン原子力発電所、ラサール原子力発電所、ブレイドウッド原子力発電所、クリントン原子力発電所。石炭発電所のシティ・ウォーター・ライトアンドパワー社はイリノイ州の中心絵アリアに所在するスプリングフィールド市に所在。また、石炭発電所のプレーリー・ステート・エネルギー・キャンパスはイリノイ州南西部のミズーリ州との州境エリアに所在。

注:紫のマークは原子力発電所、黒のマークは石炭発電所を指す
出所:米国エネルギー情報局(EIA)

争点2:脱炭素化に向けたタイムスケジュール

石炭発電所は、雇用を生む経済の原動力として重要な位置付けにある。労働団体は可能な限りの存続を望んでいた。ちなみに、イリノイ州には、現時点で12カ所の火力発電所がある。その多くは既に廃止のめどが付いている。ただし、投資債務の返済が2040年以降も続くものもある。例えば、州南部の州都スプリングフィールド市が運営するシティ・ウォーター・ライト・アンド・パワー(CWLP)が所有する石炭発電所や、イリノイ州南部のマリッサ市に所在するプレーリー・ステート・エネルギー・キャンパス石炭発電所だ。プレーリー・ステート発電所には、複数自治体が投資済みでもある。

州知事側は、労働団体による雇用確保への懸念を受けて、一定程度譲歩している。2021年5月末には、石炭発電所の廃止時期を2030年から2035年に延期。このほか、二酸化炭素(CO2)の排出量に対する課金を廃止した。さらには、2034年までにCO2排出量を90%除去する技術を採用することを条件に、2045年まで石炭火力発電所の運転を可能とする妥協案も提示した。もっとも、こうした技術が開発されるかは未知数だ。そのため、これらの石炭発電所は、閉鎖の見直しを求めていた。

法案を懸念する意見書も

石炭発電所の早期閉鎖には、否定的な声もある。2021年6月12日には、超党派の州議会議員52人が州知事に意見書を提出した。意見書には、(1)CWLPやプレーリー・ステート発電所で雇用している約1,100人の労働者の雇用確保、(2)発電所閉鎖に伴う代替エネルギー確保のための投資、(3)電力価格への転嫁、などについて懸念が示された。さらに、これらは石炭発電所としては最新の存在で、発電効率が高い。「イリノイ大学や連邦エネルギー省と協力し、助成金を活用してCO2回収技術の開発が進められている。クリーンエネルギーへの架け橋」とも指摘された。

また、イリノイ州小売店協会(IRMA)や製造業協会(IMA)などの団体も6月14日、州知事に意見書を送り、過去最大の電気料金の値上げに懸念を示した。不透明で説明責任が欠けている、との批判も添えられた。

こうした声に対し州知事側は、「本法案では電力会社の倫理改革を求めるとともに、IRMAやIMAが提案している大規模ビジネスに対するエネルギー効率要件の除外や熱源供給システムへの支援強化も盛り込んでいる」と回答した。

大詰め協議で妥結、歴史的な一歩へ

労働団体と環境団体は2021年8月3日、「交渉は妥結できない」と宣言。州知事や州議会幹部に状況の打開を委ねた。プリッカー州知事は「労働団体側が交渉の『ゴールポスト』を動かし続けている」と批判した。一方で、9月のバイロン原発廃止期限が目前に迫り、大詰めの協議が行われた。

その結果、脱炭素化に向けたスケジュールで妥協案がまとめられた。石炭発電所については2035年までにGHG排出量を45%削減させた上で、2045年までに排出量をゼロにする。仮に2038年までにGHGの排出量を45%削減できなかった場合は、発電施設の一部停止を求めることができるとされた。また、5億8,000万ドルの投資(2040年までにクリーンエネルギーの割合を9%から50%まで増加させ、数千人の雇用創出を期すもの)や、EV購入者への4,000ドルの支援も盛り込まれた。

この修正案は、2021年9月9日に下院が、13日に上院が可決。プリッカー州知事が15日に署名し、成立するに至った。

プリッカー州知事は、「イリノイ州はこの法律により気候への被害を食い止め、さらには元に戻すために行動を起こしていく」と述べた。その上で、「経済成長と雇用を盛り込んだこの法律は信頼に値する。再生可能で安価なクリーンエネルギーのある未来に向けて踏み出す重要なステップだ」と意気込んだ。

環境団体は石炭発電所の閉鎖期限を定める画期的な法案であること、労働団体は2045年までの期限、原発への支援を勝ち取ることができたことから、いずれも本法案の成立を歓迎している。一方、IMAやイリノイ商業会議所は、反対姿勢。法律に電気料金の値上げが規定されているためだ。なお、本法により電気料金は平均で毎月3.5ドル上昇するとされているが、15ドル上昇するとの報道もみられる。

今後、イリノイ州は、化石燃料による発電所の閉鎖、クリーンエネルギーの100%導入時期を明記し、退路を断つ形で環境政策を進めていくこととなる。旧来型発電所に勤める労働者の円滑な転職、再エネの着実な導入など、移行に向けた具体的なプロジェクトや進捗が注目される。


注1:
シカゴに本社を置く電力会社エクセロンの子会社。イリノイ州北部およびシカゴ市を含む都市部エリアにサービスを提供する。
注2:
交渉過程で、バイロン、ドレスデンに加えて、ブレイドウッドが追加された。同様に採算が取れてなく、老朽化が進んでいるためだ。
執筆者紹介
ジェトロ・シカゴ事務所
藤本 富士王(ふじもと ふじおう)
調査および農林水産関係担当ディレクター。2019年7月から現職。

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