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サプライチェーン全体の可視化、トレーサビリティーに課題(シンガポール)


アジアのサプライチェーンにおける人権尊重の取り組みと課題(1)

2021年10月5日

シンガポールでは、上場企業のサステナビリティ報告が義務付けられており、環境の取り組みにフォーカスが当てられる一方、人権問題へのコミットメントを示す企業は、2019年時点で上場企業上位50社の約半数にとどまる。しかし、世界的に人権問題への意識が高まっており、今後、サプライチェーンの末端に至るまでのトレーサビリティーの確保が求められる可能性が高い。

上場企業で半数に留まる人権問題へのコミットメントの公表

シンガポールにおいて、人権に配慮したサプライチェーンの構築に本格的に取り組んでいる企業は現時点では多くはない。ASEAN・CSRネットワーク(2010年設立、シンガポール本部)とタイのマヒドン大学人権平和研究所の「国連ビジネスと人権に関する指導原則」(UNGP)の人権スコアに基づく情報開示に係る共同調査外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます(2019年5月発表)によると、シンガポール取引所(SGX)の上場企業のうち、人権に関して何らかのコミットメントを示しているのは半数に留まった。

SGXは、同取引所の上場企業に対し2017年末以降に決算を迎える企業から、サステナビリティ報告書の公表を義務付けているが、報告項目や様式の選択はその上場企業の裁量に任されている。上掲の調査によると、開示内容別で最も情報開示が進んでいるのが環境保護に関する取り組みだ(96%)。一方、児童労働の廃止(48%)や強制労働の禁止(44%)など、人権に絡むテーマの公表は進んでいないのが実態と言える(図参照)。

図:シンガポール取引所上場企業(上位50社)のテーマ別情報開示の状況
(単位:%)
環境保護96%、差別的な行為90%、健康的で安全な職場環境86%、障害者の権利保護66%、組合・団体交渉の自由58%、児童労働の廃止48%、強制労働の禁止44%、セクハラ行為根絶44%、人身売買の禁止26%

出所:ASEAN・CSRネットワーク

人権問題への取り組みで先行するパーム油関連企業

シンガポールにおいて比較的早い段階で、人権に配慮した調達に積極的に取り組んでいるのがパーム油を調達する食品会社やプランテーション(農園)経営企業だ。上記の調査によると、国連ビジネスと人権に関する指導原則(UNGP)人権スコアを基に、SGX上場企業を最も情報開示が多い順で並べると、1位がウィルマー・インターナショナル、2位がオラム・インターナショナル、3位がゴールデン・アグリ・リソーシスだった。この上位3社は全てパーム油に係わる農園や商社で、いずれも「持続可能なパーム油のための円卓会議」(RSPO、本部:マレーシア)に加盟するメンバー企業だ。パーム油については、農園での環境被害などを理由とした欧米でのボイコットキャンペーンに対処するためにも、RSPOに加盟するなどして持続可能なパーム油製品の調達に早くから取り組んでいる。

しかし、新型コロナウイルス感染拡大に伴って渡航規制が強まる中で、東南アジア各国に出張して現場を確認するのは困難になっている。パーム油を調達している日系食品関連A社はRSPOが設立された2004年に加盟した。これまで東南アジア統括拠点のシンガポールに専属の担当者を2人置いて、調達先のパーム油農園で児童労働の有無や持続可能な調達を行っているかの確認を行っていた。しかし、渡航規制によって現地で対面調査ができないため、担当者の1人を帰国させたという。

サプライチェーン全体の可視化は課題、重点取引先を集中的に調査

シンガポールの大手地場企業や、同国に地域統括拠点を置く多国籍企業にとって、自社の調達先やマーケットの多くが東南アジアとなる。日系商社B社の日本本社で人権問題に取り組む担当者によると、東南アジア特有の人権課題は2つに大別できるという。1つがサプライチェーンの最上流の現地開発(森林伐採など)時に起こる問題、もう1つがOEMで生産委託をする際に起こる労務問題だ。しかし、サプライチェーンの可視化は、幅広い事業を傘下に持つ商社にとっては簡単ではない。日系商社C社の日本本社の担当者は「人権問題を解決する上ではトレーサビリティー確保が重要だが、現実問題としてサプライチェーンが長く、中小農家1つひとつまでトレーサビリティーを確保するのは容易ではない」と指摘する。これに対し、B社の担当者は、全ての商品についてトレーサビリティーを確保するのは同じく容易ではないため、同社では仕入金額の多いバイイングパワーのある取引先に対して集中的に調査を行い、改善を求め、改善がなければ取引停止を行っているという。しかし、こうした指示を行っているのは、シンガポールからではなく日本本社からだ。

欧米で人権に配慮した調達を義務付ける法整備の動きが加速するとともに、日本でも近年、人権問題への意識が急速に高まっている。商社B社も「2021年4月から、社内外を問わず、脱炭素と人権についての問い合わせが多い。事業規模の小さい取引先からも対応に関する相談が寄せられている」と述べる。特に東南アジアについては、欧米各国によるミャンマーへの制裁発動などによる影響を懸念する向きもある。東南アジアで事業を行う企業は、各国の政治状況や人権に関する法整備の動きを注視しながら、自社の調達方針を見直して、サプライチェーンを可視化する必要にますます迫られている。

執筆者紹介
ジェトロ・シンガポール事務所 調査担当
本田 智津絵(ほんだ ちづえ)
総合流通グループ、通信社を経て、2007年にジェトロ・シンガポール事務所入構。共同著書に『マレーシア語辞典』(2007年)、『シンガポールを知るための65章』(2013年)、『シンガポール謎解き散歩』(2014年)がある。

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