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新型コロナウイルス感染拡大後、アジアの賃金・給与水準はどう変わったか
2020年のミクロデータを用いた労務コスト比較

2021年5月12日

ジェトロは毎年、海外進出日系企業を対象にアンケート調査を実施しており、各国・地域の月額基本給の平均値をドル建てに換算して比較している。しかし、労務コストを考える上で、平均値だけで比較するのは心もとない。そこで、中央値や分布を確認したり、詳細な地域別に賃金・給与水準をみたりすると、新たな側面がみえてくる。本稿では、2020年の各国・各都市の賃金・給与のミクロデータを用い、各国・地域の賃金水準や新型コロナウイルス発生を経た労務コストの変化などを考察する。

今、人件費が低廉な国はどこか?

本稿では、2019年度レポート(2020年4月15日付地域・分析レポート参照)と同様の手法で、ジェトロが2020年8~9月にアジア・オセアニア(北東アジア、東南アジア、南西アジア、オセアニアの計20カ国・地域)に進出する日系企業に対して実施したアンケート調査(2020年度アジア・オセアニア進出日系企業実態調査参照)の個票データを用いて、労務コストの比較を試みる。ジェトロの調査では2020年8月時点の職種別賃金を聞いている(注1)。

日系製造業の作業員(正規雇用の実務経験3年程度の一般工と定義)の月額基本給の中央値と平均値を算出すると、図1のとおりとなる。全体で最も賃金水準が低いのはバングラデシュで、中央値は前年比9.9%増の109ドルだった。1億6,000万人の人口に加えて、女性の就業者も多く、人口密度も高いことから、ワーカーを雇いやすい環境がそろっている。続いて、スリランカの中央値が119ドル、ラオスとパキスタンが149ドル、ミャンマーが150ドル、カンボジアが200ドルという順だった。

図1:在アジア日系製造業の作業員・月額基本給(2020年)
(中央値と平均値の比較、単位:ドル)
全体で最も賃金水準が低いのはバングラデシュで、中央値は前年比9.9%増の109ドルであった。続いて、ラオスとパキスタンが149ドル、ミャンマーが150ドル、カンボジアが200ドルという順だった。 

注:カッコ内は有効回答企業数。
出所:2020年度アジア・オセアニア進出日系企業実態調査の個票データから集計

ラオスの平均値は210ドルだが、中央値でみると149ドルと大きな差があるため、代表値(中央値や平均値など)の解釈には留意が必要だ。平均値と中央値の差が大きいのはラオスのほか、ミャンマー、マレーシア、タイ、カンボジアなどだ。これらの国では平均値と「一般的な賃金水準」とで乖離が生じる可能性がある。一方、スリランカ、インド、ベトナム、パキスタン、インドネシアでは差が小さいため、個社による回答のバラつきは比較的少ないと見込まれる。

平均値と中央値の乖離には産業構造の違いが-中国・タイ・ベトナムの比較-

昨今、新型コロナウイルスや米中貿易摩擦といった事象により、サプライチェーンの多元化や生産拠点の見直しを検討する日本企業もある。そうした観点で着目されるのは中国、タイ、ベトナムの3カ国のため、これらの国々の賃金水準を比較してみる。中国の2020年の製造業の作業員(一般工)の月額基本給は、中央値が前年比9.5%増の484ドル、平均値は7.6%増の531ドルと、両値とも2019年から上昇した。2020年中は中国の多くの都市で最低賃金の引き上げが見送られたが、日系企業の賃金負担増は継続している。また、ベトナムのデータをみると、中央値が9.6%増の237ドル、平均値が5.8%増の250ドルと、こちらも賃金上昇の傾向は継続している。

他方、タイでは中央値が1.3%増の395ドル、平均値が0.3%増の447ドルと、中国やベトナムほどの賃金の増加は確認できなかった。タイでは最低賃金が2020年1月に引き上げられたが、引き上げ率は1.6~1.8%と小幅だった(2019年12月10日付ビジネス短信参照)。また、タイの2020年の失業率はリーマン・ショック以来の高水準になっており、労働需給が緩やかになっているとも考えられる。

3カ国の分布(密度曲線)をプロットすると、図2のとおりとなる。ベトナムは200~300ドルの範囲に回答が集中しており、500ドルを超える企業はまれだ。労働集約型の製造業が大部分と考えられる。他方、中国の分布は横幅が広く、さまざまな賃金水準の企業が混在している。これは、中国では労働集約型製造業と高付加価値製造業が入り混じっていると読み替えることができる。そのため、ベトナムとは異なり、中国の賃金水準を平均値や中央値といった1点の代表値で測ると誤認が生じる。同様に、タイの分布も300~450ドルの山と、600~700ドルに小さい山がある。この2グループでは、雇用している人材のレベルに相当な差異があるとみられ、事業活動の内容も大きく異なることが推察される。

図2:日系企業の作業員・月額基本給のデータ分布の比較
(ベトナム、タイ、中国)
ベトナムは200ドル~300ドルの範囲に回答が集中しており、500ドルを超える企業は稀である。他方、中国の分布は横幅が広く、様々な賃金水準の企業が混在している。タイの分布も300ドル~450ドルの山と、600~700ドルに小さい山がある。

注:分布の各値の合計は1となる。一部の異常値は除いている。
出所:図1に同じ

インドネシアでは最低賃金付近の突出がより顕著に

インドネシアについては、中央値が前年比3.3%減の340ドルと下がった一方、平均値は3.3%増の360ドルと上昇した。なぜこうした変化が生じたのか、2019年と2020年の分布を比較すると、2019年の分布から横にシフトするのではなく、縦に延びるような変化が確認できる(図3参照)。まず、同国の分布の特徴として、最低賃金付近に回答が集中する傾向にある。2019年から2020年にかけて、インドネシアの各州・地区で最低賃金が8.5%程度引き上げられたが(2019年12月4日付ビジネス短信参照)、2020年中は失業率が高まって雇用情勢は悪化した。最低賃金以下で雇用していた企業は給料を引き上げたが、最低賃金以上の水準で雇用している企業は横ばいや微増にとどめたため、340ドル前後での回答がさらに突出するかたちとなった。

図3:在インドネシア日系企業の作業員・月額基本給のデータ分布
(2019年、2020年)
2019年の分布から横にシフトするのではなく、縦に伸びるような変化が確認できる。

注:分布の各値の合計は1となる。一部の異常値は除いている。
出所:図1に同じ

ベトナム北部の地方省が存在感増す

作業員の賃金水準について、細かい地域分類で中央値を確認する(表1参照)。有効回答数が10社以上の地域(注2)をみると、労働コストの低廉さで前年と同様にベトナムの地方省が上位を占める結果となった。ハナム省の172ドルを筆頭に、ハイズオン省(214ドル)、バクニン省(215ドル)、フンイェン省(215ドル)、ビンフック省(225ドル)など北部が目立つ。

インドは州によって賃金水準が大きく異なっており、北部のラジャスタン州は181ドルなのに、南部のタミル・ナドゥ州は241ドル、北部のハリヤナ州は315ドルとなっている。

タイの東部経済回廊(EEC、チョンブリ県・ラヨン県・チャチュンサオ県)は416ドルで、マレーシア中部のセランゴール州(394ドル)や中国南部の東莞市(433ドル)に近い水準となっている。

表1:作業員の月額基本給 地域別比較(省・州・都市圏別、単位:ドル)(△はマイナス値)
順位 国・地域 地域(省・州・都市圏) 中央値 平均値 有効
回答数
金額 前年比
1 バングラデシュ 109 10.1 115 22
2 ラオス 149 △ 9.3 210 15
3 ミャンマー 150 8.7 181 27
4 ベトナム ハナム省 172 △ 0.4 186 13
5 インド ラジャスタン州 181 △ 1.1 187 16
6 カンボジア 200 9.3 222 30
7 ベトナム ダナン市 211 △ 0.9 211 14
8 ベトナム ハイズオン省 214 18.1 210 15
9 ベトナム バクニン省 215 16.5 217 17
10 ベトナム フンイェン省 215 3.6 233 29
11 ベトナム ビンフック省 225 初記載 227 10
12 インド タミル・ナドゥ州 241 13.3 244 18
13 フィリピン カラバルソン 246 16.4 279 23
14 ベトナム ハイフォン市 250 5.2 258 30
15 ベトナム ビンズオン省 257 9.3 260 52
16 ベトナム ドンナイ省 259 14.9 264 55
17 ベトナム ハノイ市 259 7.7 269 52
18 インド カルナータカ州 268 6.0 280 24
19 ベトナム ロンアン省 280 17.5 266 10
20 ベトナム ホーチミン市 289 12.3 285 32
21 インドネシア バタム島 299 初記載 317 10
22 インド ハリヤナ州 315 4.7 323 18
23 インドネシア 東ジャワ州 326 初記載 327 16
24 インドネシア バンテン州 340 7.5 330 16
25 インドネシア ジャカルタ首都圏 340 △ 3.3 421 42
26 中国 中山市 357 9.6 392 14
27 インドネシア 西ジャワ州 358 1.9 362 184
28 マレーシア ジョホール州 359 初記載 388 12
29 マレーシア ペナン州 359 11.3 403 14
30 中国 深セン市 361 初記載 491 17
31 タイ その他 385 初記載 418 151
32 マレーシア セランゴール州 394 10.2 450 52
33 中国 佛山市 404 初記載 454 13
34 タイ 東部経済回廊 416 6.5 445 90
35 中国 東莞市 433 22.3 426 27
36 中国 浙江省 433 初記載 466 10
37 中国 青島市 433 1.9 481 31
38 中国 大連市 462 △ 0.2 474 19
39 中国 天津市 462 △ 2.5 563 16
40 タイ バンコク 481 初記載 571 37
41 中国 武漢市 498 17.2 538 16
42 中国 アモイ市 505 42.7 517 10
43 中国 蘇州市 505 1.9 529 33
44 中国 広州市 577 16.4 552 28
45 中国 重慶市 591 12.8 613 11
46 中国 上海市 686 21.2 806 20
47 中国 北京市 939 24.1 1,039 15
48 台湾 桃園県 1,021 △ 1.3 1,259 13
49 台湾 台北市 1,157 6.9 1,255 22
50 シンガポール 1,826 3.2 1,907 72
51 香港 2,064 7.9 2,055 27
52 韓国 ソウル市 2,090 初記載 2,223 11

注:有効回答数10社以上の地域のみ。
出所:図1に同じ

製造業のワーカーと大卒スタッフのギャップに留意

続いて、非製造業のスタッフ(正規雇用の実務経験3年程度の一般職と定義)の給与水準について確認してみる(図4参照)。中国のスタッフ給与の中央値は前年比5.0%増の1,011ドルと大台を超えた。マレーシアは2.0%増の932ドル、タイは9.3%減の801ドルだった。

図4:非製造業・スタッフの月額基本給
(中央値と平均値の比較、単位:ドル)
製造業の作業員と異なり、スタッフ給与については、中国のスタッフ給与の中央値は前年比5.0%増の1,011ドルと大台を超えた。マレーシアは2.0%増の932ドル、タイは9.3%減の801ドルとなった。製造業の作業員では低廉さが目立ったベトナムだが、スタッフの給与水準は15.6%増の600ドルと大幅に上昇しており、むしろASEANでは高給なグループに入りつつある。

注:有効回答数10社以上の地域のみ。
出所:2020年度アジア・オセアニア進出日系企業実態調査の個票データから集計

製造業の作業員では低廉さが目立ったベトナムだが、スタッフの給与水準(中央値)は15.6%増の600ドルと大幅に上昇しており、ASEANでは高給なグループに入りつつある。作業員は豊富かもしれないが、大卒スタッフは売り手市場で、スタッフの給与水準は作業員の2.5倍になっている。

同様の状況は他国でも確認できる。特に高卒作業員と大卒スタッフの差が激しい国は、バングラデシュ(3.8倍)、ラオス(3.7倍)、スリランカ(3.2倍)、ミャンマー(2.9倍)などだ。こうした国では、作業員は豊富でも、大卒のオフィスワーカーは給与を増やさなければ十分に雇用できない可能性がある。反対に、インドネシア(1.4倍)やパキスタン(1.7倍)は差が小さいため、優秀な大卒社員を他国よりも低廉な給与で雇用できそうだ。

地域レベルでスタッフの給与レベルを確認すると、最もコストが低いのはパキスタン南部のシンド州(239ドル)だった。続いて、インド南部のタミル・ナドゥ州(341ドル)、ベトナム中部のダナン市(345ドル)、スリランカ(379ドル)などだった(表2参照)。インドのカルナータカ州(州都:ベンガルール)でのIT・オフショア産業は有名だが、実はインドの他の州や、パキスタン、スリランカ、バングラデシュでもIT人材が豊富だという認知が広まりつつある。日本企業でも、こうした国々の労務費に比して生産性の高い人材を活用しようとする動きがみられている。

表2:スタッフの月額基本給 地域別比較 (省・州・都市圏別、単位:ドル)(△はマイナス値)
順位 国・地域 地域(省・州・都市圏) 中央値 平均値 有効
回答数
金額 前年比
1 パキスタン シンド州 239 △ 5.7 271 10
2 インド タミル・ナドゥ州 341 △ 19.1 405 15
3 ベトナム ダナン市 345 △ 11.4 386 13
4 スリランカ 379 34.8 422 15
5 インドネシア 西ジャワ州 407 14.8 439 33
6 バングラデシュ 413 39.4 425 27
7 ミャンマー 441 22.5 477 139
8 カンボジア 450 △ 5.3 530 62
9 インドネシア ジャカルタ首都圏 475 9.3 507 183
10 インド マハーラーシュトラ州 496 △ 21.5 712 19
11 インド カルナータカ州 523 6.3 585 32
12 ラオス 551 19.8 530 16
13 インド ハリヤナ州 563 △ 5.7 624 36
14 フィリピン マニラ首都圏 573 19.4 633 47
15 ベトナム ハノイ市 590 6.1 607 140
16 インド デリー準州 599 △ 11.2 668 26
17 ベトナム ホーチミン市 646 24.5 662 141
18 中国 天津市 722 初掲載 733 10
19 中国 成都市 722 初掲載 909 15
20 中国 重慶市 722 △ 2.9 808 10
21 タイ バンコク 801 初掲載 907 226
22 タイ その他 801 初掲載 764 27
23 マレーシア セランゴール州 837 16.7 874 33
24 中国 大連市 866 6.4 888 24
25 中国 青島市 866 1.9 872 21
26 マレーシア クアラルンプール 956 0.1 982 45
27 中国 武漢市 980 11.4 995 26
28 中国 蘇州市 996 初掲載 997 13
29 中国 広州市 1,011 △ 10.8 1,105 26
30 中国 深セン市 1,011 初掲載 1,037 11
31 中国 上海市 1,155 1.9 1,282 56
32 中国 北京市 1,256 9.5 1,304 58
33 台湾 台北市 1,430 12.2 1,522 121
34 香港 香港特別行政区 2,323 1.2 2,521 252
35 韓国 ソウル市 2,359 2.0 2,416 41
36 シンガポール シンガポール 2,557 1.1 2,589 327
37 ニュージーランド ニュージーランド 3,300 8.1 4,245 25
38 オーストラリア ニューサウスウェールズ州 3,732 10.1 4,307 44
39 オーストラリア ビクトリア州 4,322 6.3 4,069 11

注:有効回答数10社以上の地域のみ。
出所:図1に同じ

本稿では、新型コロナ感染拡大後のアジア各地の賃金・給与水準を確認した。経済状況や失業率の悪化などから、賃金上昇率は低下することが予想されたが、影響もなく労務コストの上昇が続いている国・地域もある。また、一見、賃金水準が高そうでも、同じ国の異なる地域では低廉に雇用できたり、反対に製造業の作業員は安く雇えそうでも、非製造業のスタッフの給与水準は高い場合などもあるため、やはり自社の業態や求める人材像などに応じて最適地を考えるのがよさそうだ。


注1:
アンケートに基づいて実態に近い数値が確認できる一方、有効回答数が少ない国においては、実施年によって平均値などが大きく変動する点に留意が必要だ。
注2:
バングラデシュはダッカ周辺、ミャンマーはヤンゴン周辺に日系企業が集中しているため、両国では細かい地域区分をしていない。また、回答数が少ない国・地域は細かい都市区分をしていない。
執筆者紹介
ジェトロ・バンコク事務所
北見 創(きたみ そう)
2009年、ジェトロ入構。海外調査部アジア大洋州課、大阪本部、ジェトロ・カラチ事務所、アジア大洋州課リサーチ・マネージャーを経て、2020年11月からジェトロ・バンコク事務所で広域調査員(アジア)として勤務。

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