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ビジネスに不可欠となる人権デューディリジェンス(世界)
ジェトロ・経済産業省主催「サプライチェーンと人権」セミナーから

2021年9月1日

ビジネスを行う上で、人権への配慮が必要不可欠となっている。しかも、取り組みが求められる対象は、自社内だけではなく、取引先やサプライヤーなどのサプライチェーン全体に広がっている。ジェトロが8月5日に経済産業省と共催したウェビナー「サプライチェーンと人権」には1,800人以上が視聴し、企業の関心の高さをうかがわせた。企業はどういう点に留意し、何をしなければならないのか。セミナーでは、これらの点について、専門家が解説を行った。以下、講演の要旨を紹介する。

日本政府も行動計画を策定、情報提供体制を強化

冒頭、経済産業省大臣官房ビジネス・人権政策統括調整官の柏原恭子氏が、近年、人権が注目されている背景、政府の取り組みなどを紹介した。

現在、25カ国が「ビジネスと人権」に関する行動計画(NAP)を策定しており、日本政府も2020年10月に策定している。国際社会で人権に対する意識が高まっている背景として、国際情勢の変化がある。具体的には、1)新型コロナウイルス感染からの回復において、人権を含めたレジリエンス〔強靭(きょうじん)性〕が重視されるようになったこと、2)米中対立により、基本的価値観を共有する有志国連携の具現化が安全保障の分野のみならず、経済分野にも拡大しつつあること、3)米国の政権交代とそれに伴う米欧の接近の中で、環境、人権といった共通価値への関心が急速に高まってきていることなどが挙げられる。

米国バイデン政権による中国・新疆ウイグル自治区やミャンマーでの人権侵害に対する輸出入規制、制裁措置、欧州における人権デューディリジェンス(注)の法制化の動きなどに十分留意する必要がある。一方で、人権デューディリジェンスに対応することは責任ある企業であることを対外的に示すことにもなる。ESG投資の観点でも、人権はS(社会)に該当し、資金を呼び込むことに資する。全体として企業の国際競争力を向上させることにつながる。

経済産業省内でもビジネスと人権への取り組みを統括する新たな専門部署を設置し、ウェブサイト外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますなどで関連情報を提供している。ジェトロとも協力し、経済産業省としても、日本企業が国際的な規範や基準を尊重することにより、グローバルなサプライチェーンにつながり続け、持続可能な企業経営を行えるよう、必要な情報提供をしていきたい。

人権は重大な経営リスク

続いて、日頃から企業への実践的な助言を行っているオリック東京法律事務所弁護士の蔵元左近氏は、人権をめぐる海外の動向や企業の留意点などについて包括的に解説した。

サプライチェーンが世界に張り巡らされている現在、自社のビジネスが国内外の人権にもたらす影響を認識していないことは重大な経営リスクといえる。海外で人権に関する法制化が進んでいる点に留意が必要。法務的観点からの詳細な検討が必要で、各国の法令の細かな内容の差異にも注意が必要である。また、各国の法令は国連指導原則、OECD多国籍企業行動指針、ILO多国籍企業宣言をベースとしていることから、これらの文書の内容を理解することが重要だ。専門家のサポートは必要だが、コンサルタントや弁護士任せにせずに、企業が自分事として、各文書を理解し、取り組みを行うべきである。

国連「ビジネスと人権」指導原則外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますは2011年、国連人権理事会の全会一致で採択された。企業が国際人権基準を尊重する「責任」を負うことを明記した最重要文書だ。企業に求める3本柱として、(1)人権方針の策定、(2)人権デューディリジェンスの実施・運用、(3)救済:救済メカニズム(苦情処理・問題解決制度)の構築・運用が挙げられている。

さらに、人権リスクへの対応では、個別企業では対応に限界があるケースもある。そうした場合、複数の企業・業界団体で外国政府・国際機関へ働き掛けるといった対応も検討できるだろう。日本政府、ジェトロへ支援要請を行い、緊密な連携を取ることも重要だ。また、メディアや機関投資家に対して、戦略的に情報開示を行うことも効果的である。

人権デューディリジェンスに不可欠なマルチステークホルダー・エンゲージメント

アジア経済研究所新領域研究センター法・制度研究グループ長の山田美和氏は人権デューディリジェンスへの取り組みに当たって、特にステークホルダーとの関わり方などを中心に解説した。

デューディリジェンスの本質はステークホルダーへのエンゲージメント(関与)であり、エンゲージメントなくしてデューディリジェンスはできない。ステークホルダーとは、企業の活動に影響を受ける、もしくはその可能性のある利害を有する個人または集団 (操業地域のコミュニティー、従業員、労働組合、消費者、エンドユーザー、さらには市民社会組織、人権擁護活動家、業界、ホスト国政府、取引先、投資家、株主など)を指している。

日系企業は、ステークホルダーと協力することで、実効的な人権デューディリジェンスを行うことができる。人権保障が不十分なアジアにおいて日本の果たすべき役割は大きい。日本企業はサプライヤーや取引相手に対して、意識啓発、実務での取り組み(人権尊重、経営の透明性、説明責任、建設的労使関係など)を支援し強化することが、強靭性、持続可能性、企業価値の向上につながる。ステークホルダーと意義のあるエンゲージメントを行うには、自由で開かれた社会が確保されることが重要だ。そして、日本企業が人権尊重責任を果たせる政策、制度、仕組み作りには、マルチステークホルダーの参画が必須である。

企業の責任ある労働慣行を示したILO多国籍企業宣言

続いて、国際機関ILO駐日事務所プログラムオフィサー/渉外・労働基準専門官の田中竜介氏はILO多国籍企業宣言を中心に解説した。

ILO多国籍企業宣言外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますは企業活動に関する国家と企業に向けた規範的ガイドラインである。国連指導原則、OECD多国籍企業行動指針とも整合しつつ、国際労働基準から導き出される労働の基本的原則を企業がどのように適用すべきか、国家はどのようにこれを促進すべきかについて、勧告と指針を提供している。多国籍企業の社会的責任のある労働慣行として、人権尊重責任(負の影響への対処)、開発への積極的貢献、受け入れ国の開発政策との調和、デューディリジェンスの促進、ステークホルダーとの対話などが含まれる。特に、労働者は契約などを通じてビジネスと継続的なつながりを有しているため、持続可能性確保の観点からもデューディリジェンスと社会対話を相互補完的に行い、継続的なウィンウィン(Win-Win)の関係を構築することが重要である。

ジェトロ・アジア経済研究所とILOがタイの日系自動車部品メーカーを対象に実施した共同調査では、現地日系企業の好事例が多数みつかった。例えば、「ローカル主導」で「労働者との対話」に基づく人権方針の実践方法を採用し、特に「労働安全衛生」に注力することで職場環境の向上を促すなど、現地の能動的な取組みを引き出している事例などがあった。これらは多国籍企業宣言とも整合する実践例であり、投資受け入れ国の社会的発展にも貢献するウィン・ウィンの取り組みといえる。政府の政策としても、ビジネスと人権NAPに記載されたように、責任あるビジネスをあらゆる国内外の政策に横断的に取り入れて政策一貫性を確保し、企業に一貫したメッセージを発することが期待される。

デューディリジェンスの期待事項を盛り込んだOECD多国籍企業行動指針

最後に登壇した、OECD責任ある企業行動センター・サプライチェーン・デューディリジェンスアナリストの日ノ下レナ氏は、OECD多国籍企業行動指針、責任ある企業行動のためのOECDデューディリジェンス・ガイダンスなどについて説明した。

OECD多国籍企業行動方針PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(650KB)は、責任ある企業行動についての最も包括的な国際的文書であり、リスクを特定し、防止・対処するためのサプライチェーン・デューディリジェンスについて具体的な期待事項が盛り込まれている。同ガイドラインには日本を含む50カ国(12のOECD非加盟国を含む)が参加している。また、同ガイドラインをわかりやすく解説した「OECDデュー・ディリジェンス・ガイダンスPDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(2.8MB)」も発刊している。さらに、セクター別ガイダンスも発行し、具体的なリスクへの対処法を示している。

図表は「OECDのデュー・ディリジェンス」の枠組みである。デューディリジェンスの特徴の例としては、予防手段であること、企業の規模、状況、負の影響の深刻性などに応じた柔軟なものであること、常に進行し、反応し、変化する動的なものであることなどが挙げられる。リスクベースで考え、影響の深刻性および発生可能性に応じて措置を講じる優先順位を決定すべきだ。取引停止は最終手段であり、取引停止による負の影響を考慮する必要がある。

図:OECDデュー・ディリジェンスの枠組み
(1)責任ある企業行動を企業方針および経営システムに組み込む。(2)企業の事業,サプライチェーンおよびビジネス上の関係における負の影響を特定し,評価する。 (3)負の影響を停止,防止および軽減する。(4)実施状況および結果を追跡調査する。(5)影響にどのように対処したかを伝える。(6)適切な場合是正措置を行う,または是正のために協力する。

出所:責任ある企業行動のためのOECDデュー・ディリジェンスガイダンス、21p

質疑応答

質問:
(1)対応するリスクと対応しないリスクとどうバランスさせるか、(2)デューディリジェンスの分野や階層をどうやって絞るか、(3)人権の国際認証にはどのようなものがあるか。
答え:
(蔵元氏):(1)と(2)は関連するので、まとめて回答したい。人権リスクについては、適切に対応しているかどうかが重要であり、必ずしも結果責任は求められていない。ただし、消費者からのレピュテーションリスクも勘案する必要がある。企業としては、リスクベースで総合的に判断することが求められる。 (3)は、RBA(レスポンシブル・ビジネス・アライアンス)という国際的な行動規範がある。
質問:
ステークホルダー・エンゲージメントという場合のエンゲージメントの意味について、もう少しわかりやすく説明してほしい。
答え:
(山田氏):エンゲージメントとは、日本語でいうと「関与」と言ったりするが、関わりを持つということ。コミュニケーションを取る、対話するなどの関わりを持ち、それから情報交換する、協働できるところは協働していくなどが考えられる。建設的な関係を構築していくということ。
(田中氏):労働の観点でいうと、重要なステークホルダーが労働組合だ。組合がある場合は定期的な労使協議や労使交渉などが重要なエンゲージメントになる。サプライチェーン上のステークホルダーや、組合がない場合などでは、関係する産業団体、サプライヤーまたは公的機関に働きかけて、届いていない訴えがないかの検証も含めて、個別に声を拾っていくことが重要なエンゲージメントの第一歩になる。
質問:
途上国では特定の地域や生産方法の企業について、取引先から外してしまうと、その労働者の生計が成り立たなくなってしまうのではないか。どのように考えたらいいか。
答え:
(山田氏):まず、該当企業の状況をしっかり把握することが重要だ。その上で、生産方法や労働者の待遇の改善を試みる。それがうまくいかなかった場合に最終的に取引を停止するかの判断になると思う。取引を継続する場合は、人権侵害に対する十分な説明と改善努力が必要だ。
(田中氏):問題が発見されたからといって契約をすぐに打ち切ってしまうと、強制労働や児童労働がどんどんインフォーマル化していき、救済ができなくなってしまう。こうした状況は避ける必要がある。人権課題には構造的な問題があるはずなので、現地の団体、政府を巻き込んで解決していくことが重要。同様の示唆として、コロナ感染は人権課題を浮き彫りにした。ここで顕在化した不平等や脆弱層へのしわ寄せなど今対処できる課題を見失なわないようにすべき。
(日ノ下氏):デューディリジェンスの実践という点に絞って回答すると、構造的な問題がある中でも取引を実施、継続する場合は、デューディリジェンスの性質と範囲を拡大させていく必要がある。構造的な問題に対処する一例として、ステークホルダーとのエンゲージメントを高め、協働することで知識を共有、蓄積し、影響力を強化し、効果的な措置を拡大することが挙げられる。取引が停止できないと判断した場合でも、しっかり当該企業を監視して、負の影響を軽減するためどのように影響力を行使しているのか、自社の対応について説明できる必要がある。

人権は中長期的に続く潮流

最近になり、企業や社会の人権への関心が一段と高まりをみせている。コロナ感染の拡大を通じ、人権問題が顕在化したことや米国での民主党バイデン政権の誕生などの要因はもちろんあるが、気候変動問題と同じ文脈で、大きな潮流として、持続可能な社会・経済の実現に向け、社会の価値観が大きく変わりつつあることが背景にあるといえよう。このため、人権への関心の高まりは一過性のものではなく、今後も中長期的に続く潮流と捉え、腰を据えて取り組んでいく必要があるだろう。人権は企業にとって、リスクであると同時に企業価値を高めるチャンスでもある。

今回のセミナーでは、各講師から繰り返し指摘されたキーワードが人権デューディリジェンスであり、そのためのステークホルダーとのエンゲージメントだった。セミナーで紹介されたベンチマークとなる各種重要文書を参照しつつ、ステークホルダーとのコミュニケーションを強化していくことが重要な一歩といえるだろう。

なお、本セミナーの録画動画をジェトロ・ウェブサイト WEBセミナーのコーナーに掲載している。


注:
人権デューディリジェンスは、企業活動における人権への負の影響を調査・評価し、それを防止、停止、軽減させること。
執筆者紹介
ジェトロ海外調査部 上席主任調査研究員
若松 勇(わかまつ いさむ)
1989年、ジェトロ入構。ジェトロ・バンコク事務所、アジア大洋州課長、海外調査計画課長、ジェトロ・ニューヨーク事務所次長などを経て、2020年10月から現職。

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